ネルヒモのブログ

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小学館の第三者委員会、マンガワンの事件の報告書を読んだ感想

どうもネルヒモです。
今回は小学館の第三者委員会、マンガワンの事件の報告書を読んだ感想です。

12ページ、引用
SNS上で、『堕天作戦』と『常人仮面』の原作者は同じ山本氏ではないかとの第三
者の投稿が拡散され、これを受け、小学館は、2026年2月28日、上記事実関係を認め
る旨を公表し謝罪した(以下「マンガワン第1事案」という。)。

引用終わり

 

山本氏の主張
(当時)学校の美術教師時、生徒女性と交際していた。あくまで交際だった。(同意あり)

被害者女性の主張
同意なし。未成年だから当たり前。

G氏(担当編集、山本氏を見出した人)
山本氏の主張を鵜呑みにした。ただ、交際トラブルだと思っていた。
(報告書でも証拠はないが、それはどうなのかというツッコミが入っている)


示談失敗
山本氏側:山本氏が「交際」してたけど、色々やらかしたね、ごめんね。示談書はこれで頼む。
被害女性側:被害者女性としては示談は受け入れられない。あくまで「加害者」であることを読者に報告するなら、示談してもいい。

交渉決裂
双方代理弁護士が色々やったけど、無理だった。2022年~2026年で民事訴訟敗訴まで。
ずっと、もめていたと言える。

 

編集サイド、堕天作戦休載、再開まで(実際には再開しない):
報告は上の方まであがっていた。そのおかげ?か堕天作戦は連載再開されなかった。

そのあとの被害者女性による、山本氏は罪を償ったのか、その旨の報告があったのかの確認の電話、上の人たちは最終的に「児童ポルノ禁止法違反」を重く見たのだった。

(上の人たち:当時の第四コミック局プロデューサーである鳥光氏及び広報室長である三浦氏)

また、被害者女性に話を聞きに行っていない。(報告書では、G氏や小学館は捜査機関ではないなどの考えもあったとか)

33ページ、注釈56、引用
なお、G氏を含め、小学館は、当該電話以外に、被害女性と1対1で直接連絡をとり、より詳細な事情の確認等を行っていなかった。その理由について、G氏は、今振り返ると、2020年3月の時点で被害女性からも事情を聴取すべきであったと考えるが、そのような対応をしてしまうと、小学館が捜査機関のような役割を担ってしまうのではないかと当時は考えており、その是非の判断がつかなかった旨を供述している。

引用終わり


ペンネーム変えて再出発、編集部対応
編集長も山本氏が交際トラブルでちょっとやらかしたくらいの認識だったため、OKがでた。(この時はこの話がかなり上の人たちまであがっていない? 連載は編集長が決めることなので、問題はないのだが。色々な情報共有ができていないのかも)
G氏も同じ認識だったとか言っているが、示談交渉のLINEでやり取りしている以上、無理がある。ペンネームを変えて隠ぺいしていた事実、確たる証拠は確認できないが、ほぼそう取られても仕方ない行動をしている。

(報告書もそういうツッコミが入っている)


俺が思ったこと。
山本氏がなぜ「同意あり」を頑なに主張したのかは謎。人権的にも、損得的にも負けが濃厚な案件で負けを認めないのはきつい。
たらればではあるが、「加害者」を受け入れれば示談は成立したっぽいし。
当たり前だが、先生が生徒に手をだしちゃだめ。安易にサイコパスとかレッテル張りしたくないけど、山本氏にそういう印象を受ける。

ファン太君……

どうも、ネルヒモです。ファン太さん、複数女性との不貞行為? ようするに複数人と同時に付き合っていたという事だと思いますが。

 

よく言うじゃん、漫画家とその人自身は別だ、作品は別だみたいな論。

無理だよね、特に今回みたいなのはさ。ファン太さん自身が下ネタでぎゃははみたいなタイプだったし。下ネタが笑えなくなるんだよな。セクハラで生々しいそれになっちゃうみたいな。こういう下ネタとかは本人が一線を越えてないから笑えるんであって、なんつーすか、こういうやらかしがあると変な文脈を持つというか。

 

やっぱ、やらかしにも種類があると思うわ。これはちょっとダメなタイプやらかしというか。これは炎上するやろっていうやらかしですね。ファンがかわいそう。俺は他コラボで見かけるぐらいだったけど、残念ですね。

 

追記:え、結婚してたの? 不倫? えっ? もうわけわからん。えっ??

じゃあ、もっと悪いわ。

Vtuberと資本主義、ファンは数字で金なのか?

どうもネルヒモです。超かぐや姫の描写不足、ファンが数字みたい表現で議論が起こってます。その辺でこの話を思いつきました。


俺は超かぐや姫を見てないですが、見るつもりがないです。否定してますが、別に俺が見ないだけで楽しんでいる人をこき下ろしたい訳じゃないです。それは住みわけですよね。

 

人間は強くないって話ですよ。
スパチャの上限は1万円でいいだろって思っちゃう。人間の脳なんか適当で騙されやすい。車が150万円でオプションで平気で15万円とかつけちゃうんですよ。100万円超えた辺りから、脳が混乱する人もいるんじゃないのですか。普段の15万円ってかなり悩んで決断しますよね。

 

 

スパチャはただのコメント修飾する機能なんだけど、大金を払うなんて異常事態でそれが異常な承認欲求だからね。

貰う側、配信者が俺はお金欲しいと言っていても、それが怪しいお金でも耐えられるのか? それが反社会的に稼いだお金でも割り切れるならいいですけどね。逆にそれで実際に殺人事件が起きている。水商売とかの経験があって搾り取っても気にしない人ならまあまあいいですけど。普通の人は不安になるし心にダメージを食らうことになる。

親の遺産を切り崩してスパチャとか体売ってスパチャなり推し活なり。
怖いじゃん。配信者の人はそんなに強いメンタルなのかな。

 

払う側からすれば、自分の発言がどうでもいいから、金を使って無視できないようにしているんだよ。お前のコメントが面白ければ、反応を貰いやすくなるんじゃないの? それは無料でできるやん。努力じゃなくて、金を払って自分は凄いぜアピールなんだ。それが金合戦、大金積んだ奴が偉いみたいな考え方だとウザいだけじゃん。赤スパ説教するバケモノにいずれなってしまうのかも。

もうちょっと考えたほうがいいよ。お金が大事なのに、お金を沢山払ったことが偉大なこと、重要なことと思う感覚を逆じゃん、少ないお金でお得に生活するのが正しいはずなのに。札束ビンタが面白いと思っているとか馬鹿だよ。マヒ。感覚のマヒ。そして、そういう頭の弱い人を騙して、儲けてさ、やりすぎたら襲わちゃうんでしょ。相手を襲っちゃいけないけど、資本主義に乗りすぎるのは危険だと思うんだ。
システムに騙されている可哀相な部分もあるけど、世界はそういうサギっぽい事で騙して金を取るやつらが多すぎるんだ。

悪徳宗教の次はアイドル活動、そしてVtuberや配信者。AKBの握手券とかもえぐかったし、なんかさもしい感じなっちゃったね。Vtuberの未来がファンから金を搾り取ることがメインになったら、最悪だけどね。今は囲い込みしてエロ売りの人もいるみたいだし。
手を変え品を変えって感じですかね。世の中のやばいのには気をつけましょう。リボ払いとか残クレとか。

金を払う方も貰う方も愛情、互いがリスペクトする気持ちが大事だと思う。

 

さくらみこの俺の結論

新年2026年あけましておめでとうございます。

今年もネルヒモをよろしくお願いします。

新年一発目の記事がネガティブな記事で申し訳ないのですが、俺もこの件については決着をつけなければならないので、書かせてください。

 

どうも、ネルヒモです。今回はVtuberグループのホロライブ所属、さくらみこさんについてまとめ動画などを見た感想を自分の中でまとめたいと思います。
アンチ的内容なので、ファンの方は覚悟して読んでください。

かねてより噂の「みこ」と「ぺこら」との仲が悪いとかの話。
これの話を見てみると、指を振る事件ではなんか、さくらみこがきちんと謝れていない感じが。さくらみこに擁護的立場で考えれば、色々な手違いで迷惑をかけて謝りやすい人に謝ったり言い訳したりした。なんていうんだろう、子供が夏休みの宿題を忘れてとりあえず現実逃避でどこかに隠してみないようにするとか。そんなイメージ。さくらみこの言い分もあると思うので、自分をかばう嘘を言ったという可能性はある。よくはないし、大人ではない行動ではある。自分の許容量がパンクして雑なことをする、そういうのはあるかもしれない。ダメなんだかな。

 

100歩譲れば、行き違いで雑に対応した、つまり自分の不利な状況を言い訳した。自己防衛反応だった可能性はある。1ミリくらいはなんとか擁護できるかもしれない。

 

ただ、通常状態で言った失言、暴言は確実にその人本人の本性と言われても仕方ないだろう。にじさんじの黒井しばを無視、配信上の「にじさんじに友達がいない」発言はちょっ意味が分からない。
実際に当人の間で何があったかは知らないが、わざわざ黒井しばとの関係がなかったことにするメリットがないし、意味が分からない。「にじさんじに友達がいない」とは、にじさんじとのライバーと友達になりたいって意味だと考えられる。
関係があった人と決着をつけずに(仲たがいをしても、話し合いでお互い距離を置けばいいのだ、大人な対応ができるなら)急に関係を切ったり、ツイッターで無視したりする人。表面上でも仲良くしている感じを出せない人とは誰も近づきたくないだろう。取り繕うともしないのは子供すぎる。

 

このさくらみこの心が子供なせいで軋轢を生んでいるのではないかと俺は感じた。俺はさくらみこのファンだったけど、かなりきつくなった。なんか、Vtuberの良さは素人感ってのもあるから一概には言えないけど、流石に擁護できないし。せめて、プロとして表ではそれっぽくしててほしいんだけどな。無理っぽいよな。まともに配信も見れなくなった。計算とかプロレスとかそういうのじゃなくて、単純に心が子供でいろいろと雑でさ、みんなに迷惑かけるなら、せめて根回しというか心遣いというか仲良くやればいいじゃないんですかね。自分の非を認められず、言い訳して謝れないんだろうね。心が子供だから仕方ないね。

 

さくらみこのアクスタは不燃ごみに出しておきます。

映画「俺ではない炎上」ネタバレ感想(小説のネタバレもあり)

どうも、ネルヒモです。今回は映画「俺ではない炎上」の感想をやっていきます。
ネタバレありです。原作読んでます、評価は50点。理由は好きなトリックを使わなかったからです。
しかしながら、原作を考えなくてミステリとしてではなくサスペンスとして見ればかなり面白いのです。原作と違い映画版は短く縮めた部分があります。それでも、俺は「そのトリック、ミスリードは時間的にも普通に入れられたよね」と思ったので残念に思い、点数が下がりました。

 

 

 

 

さて、ミステリなのでネタバレはかなりのアレなので小説を読んでから映画を視聴した人のみ、もしくは小説は絶対読まない、読むつもりもない人のみご覧ください。

 

 

 

この物語は何がテーマでしょうか。小説版は当然、ミステリ要素を組みつつも大人と子供、若者。おっさんとネットが対立構造になっています。
小説である原作はネットの無責任な炎上によって泰介は追い詰められて、本当の自分を理解します。それはうざい融通の利かない嫌われ者のおっさんであるということを。しかしながら、理解者もいました。それは青江くんです。取引先の若者が救いとなります。ここで実は逆転現象が起きるのです。
馬鹿にしていた若者は実は心は大人であったということです。間違うことはあっても冷静で周りが見えている若者。泰介は自分の行いに反省しつつもここで少し救われるのでした。炎上の良くない点、極端であるということ。その人の一面だけが切り取られ嘘か本当かが確定する前に大騒ぎする。
ネットの悪い点をこの小説では大人VS若者(子供)という視点で物語にしました。これは俺の解釈だとネットの悪い部分は若者ではなく、心が子供である人間がダメなのではないかと作者は言いたいのではないのでしょうか。泰介が救われたのは心が大人の、冷静な青江君でした。
このシーンにより、ネットがダメなのではなく心が大人で冷静でない人間、心が子供の人間がダメと置き換わります。つまり、若者がダメではなかったのです。心が成長していない冷静でない人間、心が子供の人間がダメということでした。
だから、大人でも心が成長していない冷静でない人間、泰介にも悪い点があったということになります。
おっさんVSネットではなかったのです。心が大人VS心が子供が対立していたのでした。それは責任転嫁、他責志向でもあったわけです。

俺が映画版で納得がいかなかったのは、ネット=デマという気持ちが強すぎた点です。小説ではネットの声が章の終わりに区切りとして状況把握として、市民の声として描かれるのですが、それがまた怪しい情報もありミスリードとなっています。

映画版はネットの声をあまり読ませる気が感じられず、ネットダメ、それは若者否定みたいに感じてしまう演出になっていました。ここが俺の映画に対するマイナスポイントになっています。これはミステリの基本である、いわゆるミスリードなので、それがなくなったのが残念でした。

小説では主人公の泰介が口うるさいおっさんで物事や人付き合いを俯瞰的に見れず、仕事はできるが嫌われている部長というキャラでした。
住吉初羽馬は大人が政治を台無しにしている。大人が悪い。そういう論調のディベートを行っていました。
この対比から若者は大人が悪い。大人は若者がだらしないみたいな、「老害」や「最近の若者は~」とかいう煽りあいが起きていました。そこを大人のおっさん、泰介が事件を通じて成長するという話になっています。

映画版はネットはダメ、家族愛を取り戻そう。目の前の人間を見てコミュニケーションを取ろう。自分の間違いを認めてお互いを認めよう。
夫婦でありながら、きちんとコミュニケーションが取れていない、家族なのにコミュニケーション取れていない。そういうテーマはとってもいいんですよ。最後のシーンは感動的でした。
ただ、これだとネットとの和解、若者との和解が不十分に感じました。そもそも、映画版はそこをテーマにしていないのでそりゃそうなんですけど。少し、説教臭い感がありました。

シナリオ的に映画版はタワー編をごっそり削りコンパクトにしているのと、家族愛の方に目を向けるサスペンスにしたので仕方ないといえば仕方ないですが、青江君犯人だと意味が正反対になっちゃうんですよね。

原作では若者との和解の大事なシーン犯人の誘導用の工作というか、罪を擦り付けるためにコンテナに避難させたという騙すシーンとなりました。
尺を縮めるために犯人を変えた弊害が出ています。
そして、文章のら抜き言葉に注目して、泰介が犯人ではないと宣言したのは妻の芙由子に変えられました。だから、和解は妻、家族となり家族愛がテーマになったのですが、そうするとネットの炎上、ネットとの和解、若者との和解が宙ぶらりんになってしまいました。

犯人を変えた、これは原作ファンに対するひっかけだったのでしょうか。サスペンスとすれば、面白い作品となっています。推理要素が少ないですが、かなり面白いです。原作がある以上、原作と比べてしまうのは一人のファンとして許してください。

 

映画「8番出口」の感想、キャサリン(アトラスのゲーム)+8番出口=映画版8番出口(ネタバレあり)

どうも、ネルヒモです。今回は映画の8番出口を見たのでネタバレありの感想です。

 

 

 

 


おそらく、ネタバレ見ても「あー」って感じになると思います。わざとB級映画に作っていると思います。ゲームのキャサリンはというか、子供出来ちゃった関係の悪い恋人たちはもう使い古されたある意味で王道の設定です。
ただ、なんかこのこれもB級ホラーあるあるの赤ちゃんの異形が襲ってくるのはそりゃ被るよねーって感じで。赤ちゃんができる将来の不安から、赤子が異形として襲ってくるのはベタベタのベッタベタ。基本中の基本です。


俺は映画を見ながら、ずっと苦笑してました。ゲームの実写映画や漫画の映画特有の急なオリジナル設定もでしょうねって感じで。悪くはなくきちんと作ってあります。ただ、音響がちょっと雑というかうるせーって場面が結構ありました。
それも含めてわざとB級っぽく作っていると思いました。二宮君の大袈裟な演技が面白くて。これもわざとだと思います。

子供が喋らないのはなぜ? 話の展開上、子供にヘイトを向けたかったから。(B級映画に細かいつじつまを気にしてはいけないw)
貝殻を子供が渡して、お守りだよ。意味不明すぎて好き。8番出口の映画としては100点満点です。面白かった。

おっさんが子供にめっちゃ優しくしてたのに、子供が喋らないのは意味不明でしたwww
最初、声が出せない、聾唖とかの子だと思ったら途中から特にイベント発生もなく、普通に喋りだして、声出そうになるくらい面白かった。展開が全部予想通りでほぼ全て正解(少年が聾唖という予想以外)というこんなに分かりやすくするのかよ、という分かりやすさは天才だと思う。もしかして、こうなるんじゃねがほとんど当たるのは。逆にすごいと思うよ、皮肉じゃなくてね。
B級で(ゲームもB級だし)ゲームの原作で変なわかりづらさが一切ない。ゲームの販促としても優秀だと感じた。オリジナルの設定も不快じゃないし分かりやすい。後、説教臭くないのもいいね。監督の変な思想が出てないのはゲーム実写化としてはとてもいい点です。

いやー、満足した。こういういい方はあれだけど、もっと酷いのが来るような期待しない感じで行ったらかなり良かった。
8番出口のゲームのファンのある意味偏った感想かもだけど、本当に満足って感じだ。

アニメ・タコピーの原罪の海外の反応、荒れるコメント欄

アニメ・タコピーの原罪の海外の反応、荒れるコメント欄


タコピーの原罪のネタバレがあります。

youtubeの翻訳動画引用:

www.youtube.com


【アニメ・原作勢の老害化】視聴者の質が低下していることに苦言を呈すニコラスニキ【海外の反応】【タコピーの原罪】を引用して話をしていきます。

 

どうも、ネルヒモです。今回はニコラスさんのコメントにママコメっぽいが
来て反論した翻訳動画を見ました。

経緯はニコラスさんタコピー2話を視聴、リアクション動画。まりな死亡で(死んだ「まりな」にざまあみろ的反応)大盛り上がり。コメント欄で、子供の死を喜ぶな的なコメントやそういうリアクションはよくないなど荒れる? それに対してニコラスさん反論。指示するな。リアクションはリアクションであり正しいとか間違っているとかはない。

ニコラスさんはいじめられた経験あり。俺、ネルヒモもいじめられた経験あります。

俺の意見は創作の感想は自由であるべきだと思います。作品という物をこちら側、読者側に投げられたら、どう感じるかは読者次第。その感想が読者の理解不足による勘違い、ズレた感想ならつっこみも入ると思いますが、今回のはそういうことじゃないから。ニコラスさんが言いたいのは、「何でいい子ぶるのか?」であった。俺もそう感じている。

これはいじめられた俺自身の話です。
俺はいじめられて、みんなの前でオナニーして射精した人間ですが元気です。理由もなく殴られたり、筆箱は7回以上は破壊された。

俺自身はどんくさくて、変なこだわりがあるめんどくさい奴だった。今は歳をとって少しマイルドになったし自分を抑えられるようになった(はず)。
悪い部分が俺にはあった。いじめていいわけじゃないが。中学生は馬鹿だ。俺も馬鹿だし、周りも馬鹿だ。
むかつくやつに嫌がらせやそういう攻撃をしてしまう、ましてや面白半分で攻撃するやつだっているのだ。

大人の世界でもいじめはあるのに、子供のいじめがなくなるわけないだろ。ってのが俺の意見。

タコピーはエンタメ部分はさておき、子供の残酷な「いじめ」について触れる点はとてもいいと思う。まずは現実を認識することが大事だから。綺麗ごとではなくてね。いじめっこ、いじめられっこのレッテル張りコメントも俺は嫌いだ。

いじめられっこの俺と同じいじめられっこのニコラスさんの意見は全然違う。当たり前だ。違う人間だからだ。すべてはケースバイケース。
俺の話。いじめっこが後で「許してくれ」謝ってきたことがある。俺はすぐに許した。だって、逆恨みされたくないから。いじめっこがどうなろうが俺に関わってこなければそれでいい。いじめていたことをいい思い出みたいに語ったら、流石にキレるが。

俺の場合は一応、先生にいじめられていることを言ったら、いじめはかなり弱くなった。いじめに参加していた子には不良というか学校の勉強についていけなくて居場所がなくなり、学校には来るものの授業が暇でサボってうろつき、俺がいじめられているのを知って、いじめてきたやつもいる。
こいつが俺に言った言葉は「お前にオナニーさせたなんて、親に知れたら恥ずかしいだろ。ふざけんなよ!」だった。俺の感想は親をリスペクトしてるなら、最初から暇つぶしでいじめなんかするなよと思った。
同じクラス奴がどんくさい俺をからかう延長上にいじめてくるなら、嫌だが近くにいるやつがうざいので。そういう反応ってのも、百歩は譲ってあるかも。しかしながら、後からいじめられてる変なのがいるぞ、そう知って違うクラスなのにいじめてくるとか本当に最悪すぎる。
こいつがいわゆる認知機能のゆがみ、「ケーキの切れない非行少年たち」みたいに同情の余地があるのか? この不良組2人は一人はアホで、一人は養護施設出身だった。だからって、施設の人間だってまじめな奴はいくらでもいる。
国や自治体が取り組む問題と俺がいじめられた問題は全く関係がない。いじめられた俺は結構追い詰められてたし。当然、いじめられて嫌な気分だったよ。
ニコラスさんも何で自分のリアクションが正義ではないとコメントするのか、押し付けるのかという意見はもっともだ。
どっちが正しいとかはない。俯瞰的な意見が悪いわけじゃないし、直情的な意見が悪いわけでもない。みんな同じ方向を向けってのは変だと思う。

俺は逃げ場所が必要だと思う。死んだら生き返れないからね。

今は現実では不登校なんてよくあることになってよかったと思う。これを安易な逃げだという人もいるけど、どっちかなんて分かんないしな。安易な逃げだった場合困るのは本人なんだから自業自得だし。親戚や友達以外逃げている人に憤り覚えてもどうにもならないだろう。これは俺の意見だからいろいろな考えはあると思う。

タコピーの原罪はいじめをリアルに描写したことで色々な議論が生まれてよかったと思う。現実のいじめに対して何ができるかの前に、現実の嫌な部分に目を向けさせたのは面白い。

本来はこうあるべき的なそういう議論自体を抑制する物言いは俺は好きじゃない。リアクションや感想の是非あっていいけど、お前の感想は正しくないんだ、正義に反するってのはかなりの違和感がある。